« October 2005 | Main | December 2005 »

November 29, 2005

風が吹くくらいでは痛まないから大丈夫!?

齢28にして、早くも観念する時がきたか・・・。


先週土曜日は、今年最後の友人の結婚パーティー。
その後3次会のカラオケ屋を後にしてタクシーに乗り込むころ、
自分の体のある異変に気づく。
それは右の足首というか踵というか・・・に、なんだか違和感が。
軽い捻挫のような感じだが、足を捻った覚えもなし。

その後、突然田舎に戻ることになった友人と会った後帰宅し睡眠。
昼過ぎに起きて打ち合わせのため会社へ。

が、足の状況が明らかに昨夜より悪化しており、
引きずらずには歩けない状態に。
仕方なくタクシーで移動。

帰宅時はゆっくり電車で帰ったものの、駅の下り階段が特に辛い。。
足首が曲げられない。

そして月曜の朝・・・。
目覚めて出勤の支度にかかるが、
床に足をつくと激痛が・・・。
さらに悪化している。

なんなんだ、これは。
寝てる間に誰かが入ってきて、踵をハンマーでコツコツ叩いてたのか。

なんとか準備して会社に行こうとするも、
これほどまでに動くのが困難となると、ちょっと無理か。
月曜朝いちは大事な会議のため、とりあえず会社に連絡を入れ事情を話す。
再びベッドで横になり様子をみるも、痛みはひかず。
腫れはあまりみられないが、炎症のような感じが。
トイレに行くのも這っていく状態。


昼過ぎに、会社の同僚から見舞いの電話が。
その時に、全く想像してなかった一言を言われる。


「お前、痛風じゃん?」


----------------------------
つう‐ふう【痛風】

体内で核酸の代謝産物である尿酸がたまり、関節や
腎臓(じんぞう)に沈着する病気。初めは親指に起こるこ
とが多く、激痛があり、放置すると腎不全になる。四〇
歳以後の男性に多い。(大辞泉より)

----------------------------

そう、おっさん病ですよ。
いわゆるプリン体の取りすぎってやつですね。
風が吹いただけでも痛いからこの名前。
最近若い人に増えてるらしいです。
肥満の人に多いって言われるけど、体型で言うと自分は真逆。

親指の付け根の痛みが圧倒的に多いらしいですが
踵やひざなどもあるらしい。

ネットでちょっと調べると、プリン体の多い食べ物の代表としてこんなものが。

いわし、あじ、かつお、うなぎ、えび、あんきも、白子、レバー、もつ。

やべぇー、好物ばっかり。
特に後ろ5つ。
そりゃ尿酸値高くなるよな。

月曜もつ鍋食ったし、金曜はあん肝食べたし、
昨日会社から帰ってうなぎ使ってパスタ作って食べたし。

それと、痛風というと必ず天敵として言われるのがそう、

ビール!

ええ、ご存知のとおり大好きですよ。
ビール無しには生きていけません。
先週も火、水以外は口にしたかな。。。
メールのアドレスはnobeernolifeですし、
ご覧いただいているブログのURLにもホラ。

痛風なったらこれら採っちゃいけないのかなぁ。
そんなのないよぉ~。
インスタントジョンソンみたいになっちゃうよ~。


こうして書いてる今、昼間よりかは若干痛みはましか。
とにかく明日の朝、病院行ってきます。
結果はまたこちらで。

この痛みが痛風によるものでない事を、誰よりも切に願ってます。


| | Comments (13) | TrackBack (1)

November 21, 2005

泣かないで、、、枝毛

「それは、お母さんに対していちばんの親不孝と思ってちょうだい」


話題の書「東京タワー」を読み終える。
11月の初旬、知人の結婚式のためにマウイに行った帰りの飛行機の中だった。

今年の夏、大学からの友人に「泣ける。やばいよ。」と薦められ、
ほどなくして買ったもののなかなか読まないまま部屋に放置、
「マウイに行くときにでも読むか」と思っていた。

映画でもそうだが、「泣ける」と最初に言われるとハードルがあがる。
今回もそうで、グッとはきたが泣くまではいかなかった。
が、世間で言われているとおりのいい作品だった。

本を読み終え、成田到着までの1時間弱、
ボーーっとしながら自分と母の関係について考えていた。

他聞にもれず、自分も母親という存在は大きい。

父の転勤の関係で、高校3年から親元を離れて暮らしている。
もう10年ほどになるが、会うのはせいぜい年に1-2度。
ふた月に1度くらい、電話があって話すくらいの関係だ。

が、両親のことは非常に尊敬している。
育てられ方、育った環境など、全てにおいてありがたいと心から思う。
特に母親は、厳しい父とは対照的に、自分にとってのよき理解者である。

自分でいうのもなんだが、そういう自分もなかなかよい息子である。
兄と妹との3人兄弟だが、自分がいちばん手がかからなかったと聞いている。
自分がいちばん聞き分けのよい、”いい子ちゃん”で育ってきた。
盗んだバイクで走り出すことも、夜の校舎窓ガラス壊してまわることもなかった。
小学校くらいから、母の日のプレゼントもほとんど欠かしていない。

”親を泣かせる”なんて事も記憶にはないな。
兄貴が母親を泣かしたのは、2回くらい記憶にあるが。

そんな事を考えているうちに、飛行機は成田に到着。
荷物を受け取り空港をあとにするころ、
携帯の留守電を確認すると、母親から「電話をください」と入っていた。

留守電の感じから、急ぎの用ではないだろうとそのまま帰宅し、
夜になって思い出して電話をかける。
母からの用事は他愛もない内容のものだった。

その後雑談をしてるなかで、母からあることを聞かれた。
それに答えた途端、急に母の声が変わった。
それまでと違い、声に少しの厳しさが含まれた。
そして、ほどなく母が泣き出した。
その時に母から発せられたのが、冒頭の言葉である。

詳しい事情はここでは避けるが、自分のひとことが母にはショックだったのだろう。
ある程度、予想のできたことではあった。
泣きながら、色々と話をされた。

「よく考えてちょうだい。楽しい旅行から帰ってきた時に悪かったわね、ごめんね。」
そう言って母は受話器を置いた。

正直に話さなくても、よかったのかもしれない。
そんな考えも頭をよぎったが、嘘はなるべくつきたくない。
たとえ今回誤魔化したとしても、正月に田舎にかえればまた同じ話題になる。

母の気持ちはわかる。
自分にも、考えるところがある。
そこには大きな隔たりがある。


1週間ほどして、母に連絡をとらねばならない用事ができた。
「やりにくいな」と思いながらも実家に電話をかけると、
いつものようにちょっとよそ行きの声の母親が出た。

「こないだ、ごめん。」
言うか言うまいか、電話をかける前から迷っていた言葉は、
母親の声を聞いた瞬間に出てこなくなった。
こないだの電話がなかったかのような母親の話し方に、
口に出すタイミングを逸してしまった。
普通に用事を伝え、普通に会話をして電話を切った。
あまりにいつもどおりだったので、正直拍子抜けという感じだった。

しかし、こないだ母が電話口で泣いてたのは、紛れもない事実である。
その後、何も状況は変わっていない。
相変わらず「いちばんの親不孝」の真っ最中なのである。

さて、これからどうするか。
次に親に会うのは来年正月。

「こないだ電話で話したの、あれ全部ウソやから。」
そんな一言で、すべて解決できたら楽なのに。

親不孝したいと思う人間なんていないはず。
正直に言わないほうが親孝行だったのか。。。

ムズカシイ。
ムズカシイ。
ムズカシイ。

| | Comments (7) | TrackBack (1)

« October 2005 | Main | December 2005 »